Re: 横浜物語 ( No.1 ) |
- 日時: 2011/10/02 10:18
- 名前: 電右衛門
- 起伏の多い土地
電右衛門は生まれも育ちも兵庫県西宮市 生まれて此の方他所(よそ)の地に住んだ事がない井の中の蛙 その蛙が横浜へ行って驚いた事の一つが リリさんも書いておられる 起伏の多い土地
それも100mも行けば山が谷に変わる地形 高低差はいろいろでしょうが 自転車などは乗りにくく 少し雨が降れば冠水する話は十分理解できます
長男一家 一家と申しましても”その筋”ではございません 鶴見区馬場(新横浜から2Km)に住まいしております まーこの辺りの道路行政は誠に悪く 昔の路地にそのまま車が走る 道路幅が狭く曲がりくねっての道が大半の印象
人口が集中して地価が高いからか行政としても そう易々と道路拡幅工事が出来ないのでしょう 街の開発も後手々に回り ミニ開発中心の環境が息子宅 20坪そこそこに駐車スペース 庭を少し取れば残りわずか 電右衛門など口にこそ出しませんが 都会の鼠と田舎の鼠を思い浮かべます
この後 横浜の成立・北朝鮮不審船見学・横浜中華街・山下公園界隈へと 勝手ですが続けて参ります 御用の節はツッコミを入れてもらえば 解る範囲でお答え致します
お断り 住めば都との言葉が表す様に 住まいする処が一番なのは電右衛門とて同じ 横浜に対する独断と偏見に違和感も在りましょうがお許しくださいませ 続く
工作船展示室=北朝鮮不審船
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Re: 横浜物語 ( No.2 ) |
- 日時: 2011/10/02 12:16
- 名前: りり
- 電右衛門さん、さっそくありがとうございます。
写真の施設は、割と新しい所ですね。行ったことがありません。 工作船展示室=北朝鮮不審船ねーーー興味津々、一度見ておきたいですねーーー
あと、最初に書き漏らしましたが、電右衛門さんの新横浜物語は、まだまだ続く気配ですから、そちらでお書きになる予定のことは、どうぞ取っておいてくださいね。
神戸の北の町西洋館辺りは、横浜山手地区を彷彿とさせるのですが、あそこは、片側が山、片側が海側とはっきりした地形かな? 長崎の洋館地区もそんな感じでしたが…
>起伏の多い土地 >それも100mも行けば山が谷に変わる地形 >高低差はいろいろでしょうが 自転車などは乗りにくく >昔の路地にそのまま車が走る >道路幅が狭く曲がりくねっての道が大半の印象
そうなんです!区画整理は、東京よりずっと遅れていると思います。遅れているというより、やる気がないのかも? 観光地化、住宅地化しているところは、別として、横浜の昔ながらの所は、あまり変わらないなーと思います。
横浜は、原付バイクが一番便利な交通手段と思います。雨の時困るので、幌付きがよいですね。
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Re: 横浜物語 ( No.3 ) |
- 日時: 2011/10/02 15:07
- 名前: 電右衛門
- 記載記事重複に関して
リリさん 温かい御心使いを頂戴し感謝しております 皆様を始め応援・手助戴いてる関係者方々の手前 同一記事を掲載だけはすまいと心に決めていますが
考えてみると同じテーマーで別々に書く訳ですから 難しいでしょうねー しかし難しいからこそ遣り甲斐もあります 自分で言うのも何ですが 電右衛門は良い性格をしていますねー 
誰も褒めてくれないから自分で褒めるのも辛ッスー
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Re: 横浜物語 ( No.4 ) |
- 日時: 2011/10/02 15:48
- 名前: りり
- あっ、やはり気遣われていらっしゃいましたか。
これですが >同一記事を掲載だけはすまいと
気にされないでくださいね。 場合によっては、重複しても、あとから別観点でまとめるという方向も有りかと思っています。
まあ、でも、まずは、電右衛門さんの新横浜物語を完結されると良いかと思います。 こちらのトップに、電右衛門さんの新横浜記事トップへのリンクを貼っていますし。
まずは、皆様、そちらをお読みになると思います。
私が、この関係の書き込みを電右衛門さんの掲示板で行うのは、長くなりすぎますし、私の覚えとして、電右衛門さんの記事と関連して書いておきたかったのです。
ここが、常駐員としてご紹介している皆様のサイトと、TODOSとの相互関連で大事なところと思っていますが、何度か書いていますように、こちらでは、皆様のお取り組みの様子を紹介くださって、周りがやいやいと感想を入れてつつ、皆様が、それぞれのサイトで完結されるのも良いですし、完結した後、話題提供くださって、後日談やらなにやら、わいわいがやがや行うのも良いかと思っています。 そのなかで、新たな進展があれば、そのHTMLファイルなども、また発展させていくことができますからね。
これも何度も書いていますが、皆様のサイトのコメントや掲示板では、オーナー様とのやりとりが主となりますから、複数で気兼ねなく進めていくというにのは向いていません。 さらに、せっかくの良いお取り組みや記事が見つかりにくくなっていくのではなく、このような掲示板集合体で集客しながら整理して表示していけば、より広く伝わっていくと思うのです。 また、こちらで話題になったことがきっかけとなって、皆様のサイトのコンテンツ充実にも繋がれば嬉しいと思います。
ですから、こちらに色々な書き込みがあれば、電右衛門さんの新横浜物語の肉付けに活用くださるのでも良いし、私も、電右衛門さんの掲示板に、適当に突っ込みを入れに参りますので、まあ、どうぞ、電右衛門さんの取り組みやすい方向でお進めくださいね。
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Re: 横浜物語 ( No.5 ) |
- 日時: 2011/10/05 16:52
- 名前: 電右衛門
- 昭和15年当時の横浜市の地図です
地図下部には機能ボタンが装備され 拡大・縮小自由自在 移動はカーソルで操作する方が簡単でした
http://tois.nichibun.ac.jp/chizu/images/002415677_o.html
多摩川から西 川崎市から始まる工業地帯が海沿いに見え 日本の名だたる企業の工場が集中する大きな工業地帯 昭和15年には既に輪郭が出来上がっています 国道1号線より海側が埋立てられた 大規模な京浜工業地帯
基幹工場・関連企業・出入する業者も膨大な数 勤める人達のベッドタウンとして横浜近郊は急成長を続け 電右衛門はそれを自分の眼で確かめたのが今回の新横浜物語です
そんな歴史背景もあって計画的に整備された宅地開発は望めず 取敢えず生活の場 寝起きする場が急遽必要となり田や畑に家を建て 山を開き谷を埋めてのミニ宅地開発が増えた原因 この開発姿勢は戦後の高度成長期まで 続いた家屋の建て様でした
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Re: 横浜物語 ( No.6 ) |
- 日時: 2011/10/06 04:54
- 名前: りり
- あらっー、凄い地図ですねーーー
市街地のみというか、郊外の港北区は、小机の先が載っていなくて残念でした。 そのころは、田や山の多い長津田周辺は、横浜市に入っていなかったのかもしれません…
>努める人達のベッドタウンとして横浜近郊は急成長を続け >電右衛門はそれを自分の眼で確かめたのが今回の新横浜物語です >そんな歴史背景もあって計画的に整備された宅地開発は望めず >取敢えず生活の場 寝起きする場が急遽必要となり田や畑に家を建て >山を開き谷を埋めてのミニ宅地開発が増えた原因 >この開発姿勢は戦後の高度成長期まで 続いた家屋の建て様でした
なるほどーーー その中に住んでいると当たり前のようで、また、子どもでもありましたから、こういう分析は、考えたこともありませんでした。
気付いていたのは、学校を建てるのにも四苦八苦していたということです。
教室が足りず、私が一年生の時、二年生と二部授業で、午後からの授業だったことがあります。 登校するなり、いきなり給食を食べて、それから授業なのです。
二年生になったときは、そこから10分ほど離れたところの分校に通うことになりました。
学年ごとに、分校・本校と分かれていました。 6年生だけ、いろいろお手伝いがあるので、3クラスは本校、3クラスは分校と分かれていました。
中学も少しずつ建て替えていましたが、特別教室が無く、全部普通の教室で授業をしていました。 中学3年の時、新校舎が建って、旧校舎の床を生徒達が縄で作ったたわしを使って磨き上げ、調理台のある家庭科室が初めてできたのです。家庭科の先生が、とても嬉しそうでした。 3年生の時、とあるきっかけで、本当は8クラスにしないとならない人数なのに、教室や担当の先生の授業時間の関係か、7クラスにしていて、二重帳簿というか、本来は8組所属の生徒が、7組分に配分されているということを知りました。
私は、本校までは、25分も歩いて通っていましたが、今は、あちこちにたくさん学校ができ、ま、今では、5分位のところに学校があるようです。
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Re: 横浜物語 ( No.7 ) |
- 日時: 2011/10/09 10:00
- 名前: 電右衛門
- 横浜で良かったのが キリンビール横浜工場の見学
http://asobiba.jp/asobiba/contents/asobiba096_kirin_beer_village.htm
歴史が在るのでしょうねー 横浜の広い工場敷地 今では贅沢な広さが心地良かったですねー 見学にはビール試飲が付くのですが 付属のレストランで食事も戴け ビールも飲めます有料で 
レストランが広い敷地の中 池と芝生の綺麗に手入された庭に面し 料理の味も品が良く 有難いのは安いと思える価格 レストラン自体が明るく綺麗 従業員が良く教育され気分よく戴けました 出来たら食事だけにでも もう一度訪れてみたい
以下は内緒の話 工場見学と偽りホームレス方々が只のビール目当てに 朝から列をなすのは工場側としては大きな迷惑 それで止む無く予約制としていますが 人相・風体さえ普通なら 当日予約ナシでも見学できるやに聞いて居ります 
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Re: 横浜物語 ( No.8 ) |
- 日時: 2011/10/10 09:31
- 名前: りり
- あぁ、キリンビール横浜工場は、母親は婦人会団体で行ったことがあると思います。
生麦事件の場所とも近いのかしら? http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E9%BA%A6%E4%BA%8B%E4%BB%B6
高校の同級生には、このあたりに住んでいた子もいましたよ。
電右衛門さんのご子息宅からも、近くでしょうか?
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Re: 横浜物語 ( No.9 ) |
- 日時: 2011/10/10 11:59
- 名前: 電右衛門
- 生麦事件
息子宅(鶴見区馬場)からも近く 横浜と云えば生麦事件・桜木町国電火災が 頭に浮かぶ程に感心高い出来事です 横浜と同じく外国人居留地が在った神戸 幕府は事件勃発を恐れ山陽道を迂回 人里離れた六甲山の山中 獣道を開き街道としたのが 今でもハイキングコース 「徳川道」として残っています
当時 幕末の徳川幕府にとって外国勢力は恐ろしいものとして 付かず離れずの巧妙外交に徹したのが明治維新の日本の発展に繋がり その時に諸外国と一戦交えていれば 近代日本への道は遠く 清すなはち中国と同じ道への ターニングポイントが生麦事件
相手国への礼儀も知ず 途上国を見下す超大国英国が 薩摩と組み江戸城無血開城し明治新政府を開き 日清戦争は自力としても 日露戦争勝利は英国抜きには考えられず そんな英国が抜た日本は太平洋戦争への地獄に突き進むのです
本日10月10日は辛亥革命(1911年)から100年 横浜中華街などは催しで賑わっている事でしょう 関西にも孫文(孫中山)の足跡は多く 移情閣にて国を想い革命へ 移情閣とは趣のある良い名ですねー 知ったかぶり電右衛門
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Re: 横浜物語 ( No.10 ) |
- 日時: 2011/10/10 12:33
- 名前: りり
- 10月10日の双十国慶節祝賀イベントが横浜中華街や横浜中華学校で開催
とのことです。
http://www.taiwanembassy.org/ct.asp?xItem=223392&ctNode=3591&mp=202&xq_xCat=culture
電右衛門さんは、歴史にお詳しいですねーーー
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